梅毒の歴史について、2回かに分けてお話しようと思います。

主な参考文献はこちら⇒『歴史を作った7大伝染病』(PHP研究所)

本題に入る前にいきなり寄り道です。

この参考文献のタイトル、気になりませんか?

『歴史を作った7大伝染病』

むろん、7つの中に梅毒も入っているのですが、残りの6つは何でしょう?
正解はこのページの最後でご紹介します。あなたもちょっと考えてみて下さいね。

さて、梅毒の歴史ですが、もしかしたらあなたもご存知かもしれませんね。

そう、新大陸発見で有名な、かのコロンブスが(正確にはコロンブス一行が)新大陸から持ち帰り、ヨーロッパ中に広めてしまったとされています。

では、どんな経緯をたどって梅毒はヨーロッパに広まったのか、もう少し詳しく調べてみましょう。

1492年、コロンブスは90名の乗組員と共にスペインからインドを目指して出航します。

コロンブスは元々はイタリア・ジェノバ出身の航海士でした。そのコロンブスがスペイン王の支援を受けて航海に出たのです。

その当時、15世紀末から17世紀は「大航海時代」と呼ばれ、ヨーロッパ人はインド、アジア大陸、アメリカ大陸へと進出し、植民地化を進めると同時に貿易も盛んに行っていました。

コロンブスがインドを目指したのは当時銀と同じくらいの価値があった香辛料を求めての航海だったそうです。

スペインを出港したコロンブス一行は、約70日かけてバハマに到着します。

なんでインドを目指して、バハマ?

そう、実はコロンブスがバハマを発見したのは偶然で、本当はインドに行くはずだったのです。その後コロンブスはキューバ、ハイチと次々に上陸し、1493年にスペインに帰国します。

この、バハマ、キューバ、ハイチなど、上陸した現地で船の乗組員が女性と性交渉をもち、梅毒をスペインに持って帰ることになってしまったとされています。

スペインを離れて長い航海に出て、やっと戻った船乗りが向かう場所はと言えば・・・・そう、娼婦のいる宿でした。こうしてコロンブス一行は新大陸から梅毒を持ち帰り、まずはスペインでまき散らすことになります。

そしてコロンブスは1493年、今度は1500人の乗組員を連れて2回目の航海に出ます。ここでも何人もの船員が梅毒に感染し、帰国後に感染を広めることになります。

当時の船乗りは一か所に定住する者は少なく、ヨーロッパ各地で船に乗っていました。またある者は傭兵として戦争に加わり、ヨーロッパ各地を転々としました。

こうして、梅毒はあっという間にヨーロッパ全土に広まったのです。

以上、今回はコロンブスが新大陸からヨーロッパに梅毒を広めてしまった歴史をご紹介しました。

次回は日本へ梅毒が上陸した歴史をご紹介したいと思います。

『梅毒の歴史(その2)』へ続く!

さて、冒頭のクイズの答えです。

『歴史を作った7大伝染病』とはいったいどんな伝染病でしょう。

正解はこちら。

●マラリア

●ハンセン病

●天然痘

●ペスト

●梅毒

●結核

●新型インフルエンザ

以上の7つです。

なお、「歴史を作った7大伝染病」と言う表現は一般に認知されている訳ではなく、単なる本のタイトルですから念のため。

■梅毒はHIVと重複感染の例が多く、重症化したり進行が早まることがあります。
・STDチェッカー TypeO(男女共通)
梅毒・HIV・B型肝炎 重複感染が多いので同時検査がお勧めです。

■梅毒が不安ならこれらの性感染症は大丈夫ですか?みな同じ感染ルートです。
・STDチェッカー TypeE (男性用)(女性用)
梅毒・HIV・B型肝炎・クラミジア・淋菌 5つの性感染症がまとめて検査可能です。

■検査の信頼性について(郵送検査認定事業者とは?)

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